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103 鬼の笑顔

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-08-26 08:38:09

 坂道に並べられたハードルには一台ずつ『白樺台高校』と校名の入ったシールが貼られていた。どうやら学校の備品らしい。

 坂の麓から広場まで、緩いカーブを含んで五百メートル程だろうか。舗装されていない土の道には大きめの石がゴロゴロと転がっている。

 まさかという嫌な予感がよぎったけれど、その距離をゴールまでハードルが続いているなんて考えたくもなかった。

「教官のやりそうな事だなぁ」

 兵学校の訓練では途中で何かが飛んでくる事もあったと智に言われて、芙美は戦々恐々と進んでいく。授業で平坦なトラックに置かれたハードルを飛ぶのさえ苦手な芙美が、数倍の距離を坂道でこなすのは至難の業だった。

 適当な間隔で並ぶハードルに「跳び辛い」と文句を言いながらも、智と咲は慣れた様子であっという間に芙美の視界から消えてしまう。咲はスカートであることさえ問題ないようだ。

「湊くん、先行ってて」

 半分ほど来たところで、芙美は湊を先へと促した。遅い足に付き合ってくれるのを最初は嬉しいと思ったのに、ここへ来て申し訳ない気持ちの方が膨れてしまう。

「え、いいよ。気にしないで」

「けどほら、私スカートでちょっと恥ずかしいし。宰相も一人でやれって言うと思うよ」

 それに、ここで甘えてしまってはまたハロン戦で屈辱的な思いを繰り返すことになるだろう。

 さっき湊に言われたように、誰かに組まれた訓練の方が自分には向いているのかもしれない。ルーシャはリーナに無理難題を押し付けてきたが、結局リーナはそれをこなしていたのだ。

「わかったよ。じゃあ、怪我したり倒れそうになったら呼んで」

 湊は芙美の肩から鞄を取り上げると「この位はさせて」と自分の鞄に重ね、先へと走った。

 颯爽と視界から消えていく背中に、自分がいかに足手纏いだったかを反省する。

 一人になると、辺りが急に静かになった。

 誰も見ていないのならハードルを飛ばずに横を歩いても……なんてことを頭に過らせつつ、結局最後まで一つずつ跨いでゴールしたのは意地以外の何物でもない。

 最後まで他の障害物に襲われることもなかったが、この緩い坂道を走って上るだけで疲労度が半端ない。小走り気味に進んでようやく三人と合流できた時には、崩壊しそうな脇腹の痛みとゼェゼェという呼吸に立っているのがやっとだった。

 広場で待ち構える『鬼の宰相』こと、ギャロップメイこと、担任の中條
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     ほぼ強制的に部活動へ入部させられた芙美達は、その足で山の広場へと向かった。 いつも湊たちが鍛錬しているその場所は高校の私有地で、次元の歪みが浮かんでいる。十月も半ばを過ぎた木々の緑は褪せる一方で、紅葉シーズンへの準備を整えつつあった。「リーナ、覚悟は決まった?」 川沿いの道を歩く足がどんどん重くなる芙美を、前を行く智が振り返る。「決まってるよ。考えれば考える程、決心がブレそうだけど」「そんなに思い詰める事じゃないと思うけどな」「確かに強引だけど、俺もいいと思うよ。自発的にやるより、芙美はこうやって強制的に管理された方が向いてる気がするし。それに、宰相が指導してくれるなら成果は見込めるだろうからね」 最初「パス」と言っていた湊まで、そんなことを言っている。「湊、お前はあの鬼の本性を知らないから、そんなお気楽なことが言えるんだよ。あれは──」「始める前から怖がらせてどうするんだよ」 智が「やめとけ」と咲を注意する。「ラルはともかく、リーナが怯えてるだろ? 宰相だって考えがあるんだよ。俺たちだってあの人がいたから強くなれたんだしね」 あまりフォローにならないやりとりに芙美が肩を落とすと、湊が「大丈夫」と小さく微笑んだ。「辛いと思ったら言えばいいし、俺が側に居るからさ」「うん──」 それだけでちょっと安心してしまう。  前を行く二人は、相変わらず楽しそうに会話を続けていた。「それにしてもまさかこの4人でハロンと戦うなんて、想像もしてなかったよな。色々あったけど、楽しいなって思うよ」「僕もずっと咲って女子を演じてきたけど、カミングアウトしてからは居心地がいいよ」「いや、お前はもう女子だろ。彼氏だって居るんだし、可愛い咲ちゃんって事でいいんじゃないの?」「そういうこと言うな!」 噛みつくように咲は吠えるが、智の意見には芙美も賛成だ。咲は中身がヒルスだけれど、残念なことに女にしか見えないし、第一自分より顔もスタイルもいい。「確かに僕は女になりたくて女にしてもらったけど、この貧弱な体力と筋力のせいでこの様だ。まさか生まれ変わってまで教官の指導を受けなきゃならないなんてな」 咲は鞄をぐるぐると振り回しながらボヤく。「お前が剣を持ちたくて、その為の通過儀礼なら俺は幾らでも協力してやる。お前は俺の命の恩人だからな」「智ぉぉお

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     白樺町の外れに、二階建ての小奇麗なマンションが建っている。 こんな辺ぴな町に部屋を借りてまで住もうなんて物好きが居るのを昔から不思議に思っていたが、8室分あるポストには全部名前が入っていた。 目的の部屋の隣に、これまた見覚えのある苗字が並んでいる。「隣同士で住んでるのか」 怪しげな関係を妄想しつつ、咲はスマホで時間を確認した。まだ少し余裕がある。 階段を上って教えられた部屋の前で足を止めると、ふわりとカレーの匂いが漂った。 隣の部屋からだ。ポストについていた名前が『佐野』だったので、恐らく一華の部屋だろう。 夕食のタイミングを逃した咲が、鼻をつくスパイスの香りに腹を押さえたところで、「一華」 智の声がした。 空耳かと思ったけれど、隣から聞こえてくると思えば何の不思議もない。何やら楽しそうな話声に耳を澄ますが、内容までは分からなかった。「くそぅ、僕がこんな思いをしてるのに」 音にならない愚痴を吐いて、咲は改めてスマホを確認する。 腕につけたアナログ時計は秒数の誤差があるから、ここではスマホの正確な数字に頼った。 十九時ジャストを狙って、部屋のチャイムを鳴らす。インターフォン越しに聞こえた電子音交じりの声が「はい」と短く返事した。 部屋主の声に緊張を走らせ、咲は今の名前を伝える。「海堂です」 言い終わるのと同時に扉が開いた。 ニコリと笑った部屋主の目は冷たい。昔から変わらない、表情の少ない笑顔だ。 ギャロップメイこと担任の中條明和は「どうぞ」と咲を迎え入れて扉を閉めた。 整然とした玄関に埃一つない廊下は、彼の性格を物語る。「ちょうどの時間に来ましたね。良い心がけです」 兵学校時代、彼が時間に厳しかった記憶は山のようにあった。チャイムの後すぐに出てきた彼は、それを予測して待ち構えていたのだろう。「けれど今は有事でもなければ兵学校でもないので、次に来る時は前後三分くらいの差は問題ありませんよ」 次は多分ないだろうと思いながら、細い廊下を進む彼に続いた。たった六分の猶予を過ぎたらどうなるか、考えただけで恐ろしい。 通されたのは、突き当りのリビングだった。蓮の叔父の部屋より二回りほど狭い、一人暮らし用の部屋だ。 殺風景な窓際の隅には、何故かベンチプレスが鎮座している。床にはドーナツ型のウエイトが大中

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     相変わらず誰も居ない駅で、軒下のベンチに座っていた湊が、芙美に気付いて立ち上がった。 「湊くん」と駆け寄る芙美から彼が一度目を逸らしたのは、今日ここで会う気まずさからだろうか。 『来ないで』と言ったのにこっそりついてきた彼を咎める気はない。だから芙美はいつも通りの笑顔で、俯く湊を覗き込んだ。「心配した?」 「まぁね」と苦笑して、湊は浅く頭を下げる。「ごめん。気付いてた……よね」「朝、駅に着いた時から分かってたよ。咲ちゃんと二人で仲良さそうだった」 実際に二人の姿は見えなかったけれど、智に言われたことが色々と頭を混乱させてくる。 ──『好きな人とならアリでしょ?』 こうして湊と会って、芙美は蘇る智のセリフを頭から必死に振り払う。「別に、海堂と仲良くなんかしてないよ。前より話するようにはなったけど、今日会ったのも偶然だし。もしかして、嫉妬した?」「ちょっとだけ。途中で居なくなったでしょ? 二人で何かしてたの?」「一華先生のトコで剣を受け取ってきた。修理終わったって連絡貰ったから。海堂も戦いたいって言ってさ、頼みに行ったんだ」「咲ちゃんも? メラーレに武器を作って貰うって事?」 「そう」と湊は頷く。 ハロン戦で戦いたいという咲の気持ちは分かっていた。「けど、中條先生がいいって言うまでお預けらしいよ」「宰相の返事待ちなのか」 兵学校の頃から、咲は中條が苦手だった。一応師弟関係にあたる二人には、芙美が入り込めない事情があるようだ。「それで、芙美は智に勝てたの? 大分疲れてるみたいだけど」「ううん、負けちゃった」「そっ……か。残念だったな」 彼にとって意外な結果ではなかったようだ。自信満々で挑んだ戦いだったのに、ちょっと恥ずかしい。 芙美は腰の横に掴んだ傘をぎゅっと握りしめた。「思うように動けなくて。私、当然自分は勝つだろうって思ってたけど、期待した程芙美は強くないのかも」 弱気になる芙美をベンチに促して、湊は「仕方ないよ」と宥めた。「今あるのは天性の素質と記憶だけだろ。リーナだって最初は強くなかったんだから、今は使いこなせなくて当然だ」「また一からって事はないよね……」「まさか。知識的なものはちゃんと頭に入ってるんだし、パワーの底上げと体力を重視するってこと。こっから

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   98 友達同士の距離感

     広場を下りようと時間を確認すると、もう午後の2時を回っていた。集中した時間が過ぎるのはあっという間だ。「もうこんな時間? まだお昼くらいだと思ってたよ。智くんはどうする? 絢さんのお店にでも行く?」 昼頃には撤収するだろうと予測を立てて、食事は用意してこなかった。持ってきたパンをかじった程度では流石にお腹が減っている。「それでも良いけど。ラル、リーナのこと待ってるんじゃない? 誘ってみれば?」 智がそんなことを言ってきた。近くに彼の気配はないが、まだこの町に居るのだろうか。「でも智くんは?」「俺はメラーレのとこ行くつもりだったよ」「あ、そういうことか」 それがさっき智の話していた『フォロー』なのだろうか。芙美自身が彼女にとってのジェラシーの対象になっているかどうかは分からないけれど。 芙美はスマホを取り出して、メールの受信欄を開いた。新着は入っていない。「けど、どんな顔して湊くんに会えばいいのかな?」 今日の行動について、何が良くて何が良くないのかの判断基準が曖昧すぎて、芙美は答えを求めるように智を見上げた。「智くんは、今湊くんが怒ってると思う?」「思ってないよ。リーナは悪い事なんてしてないんだから、いつも通りに会いたいってメールしてやりなよ。リーナが俺と一緒で悶々としてるだろうからさ」「分かった。あぁ、でもこんな格好だし」 芙美は自分を見下ろして唸る。今日はデートするには程遠い、動きやすさ重視の格好だ。さっきの戦闘で土まみれになった汚れが取り切れていない。「リーナが頑張った証拠だろ? 俺がアイツの立場だったら全然問題ないけど?」「ほんと? じゃあメールしてみる」 芙美は「うん」と頷いて文字を打ち込んだ。 送信するといつも通りすぐ既読の文字がついて、返事が返ってくる。その速さに智が思わず眉をしかめた。「早すぎ。ちょっと引くわ」「いつもこんな感じだよ。たまに遅い時もあるけど」 これが当たり前のように感じていたけれど、やはり他人から見ると異常らしい。 湊からの返事は、もちろんオッケーということだ。「駅で待ってるって。もしかして、もう居たりして」 冗談で言ってみたものの、実際そんな気がしてしまう。湊に会ったら、芙美は今日のことを謝りたいと思った。「ねぇ智くん。私は湊くんに、どんなフォローすればいいと思う?」「フォロ

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